15年振りの来日公演が決定したブリトニー・スピアーズ。2017年6月3日、4日代々木第一体育館です。ラスベガスのレジデンシー・ライヴも好評で、ブリトニー・スピアーズとして新たなステージの幕を開けました。

 彼女のデビューは1998年10月。もともとNSyncのジャスティン、クリスティーナ・アギレラなどとディズニー・チャンネルの「ミッキー・マウス・クラブ」にTV出演していて、芸能活動は子供の頃から始めていましたが、シンガーとして成功することを夢見ていたブリトニーが、その夢の一歩を踏み出したのが、1998年16歳のときでした。

 当時の音楽誌ラジオ&レコーズの表誌を飾ったブリトニーの姿を見た時の衝撃は忘れられません。それはまるで栄光を得るために生まれてきた女の子のオーラを放っていました。すでに注目度は高かったのですが、輝きが放たれるのを約束されたダイヤモンドの原石を目の当たりにしたような、そんな衝撃でした。
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今もこの写真は好きです。

 

 初めての取材は、デビュー・シングル「Baby One More Time」がアメリカで発売になって、Top10に入った時だったと思います。インタビューで「No1になるといいね」と話しましたから。(これは覚えている!) ちょうど、N’Syncの全米ツアーのオープニング・アクトとして全米ツアー中で、彼女にとっての初のツアー中のアトランタでインタビューしました。私にとっても初のアトランタ。ロサンゼルス、ニューヨーク、ワシントンなど主要都市での取材はこれまでにもありましたが、大きな街とはいえ、アトランタに来るとは思いませんでした。取材後にコカコーラ・ミュージアムに行ったな〜。

 あの頃は、ツアー中でもしっかり取材に応じていたアーティストたち。乗り打ちで、街から街へとツアー・バスで移動して、といった過酷なツアーでした。こういった光景は、80年代にも遭遇しました。ティファニーのツアーにニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックがオープニグで参加してツアーしていたとき。あの時も、かなり過酷でした。初めてツアー・バスに乗りましたが、ここで寝泊まりしながら全米を回るって、女の子にとっては辛いだろうなと。

 ブリトニーは早めにアトランタ入りして、日本の初取材陣に時間を割いてくれました。

この日の目的は、日本用のフォトセッション、メディアのインタビュー数本といった内容。どっかのスタジオを借りて、半日がかりの取材でした。私たち取材陣&スタッフが早めに入り、まずは現地のスタイリストさんが用意した衣装をチェック!カメラマンの畔柳ユキちゃんとの仕事も、実はこれが最初でした。まず驚いたのは、あまりにも用意された衣装がださかったこと。アメリカ人のスタイリストさんは、日本ということを意識しすぎて、お相撲さんのプリントのブラウスとか、思わずこれをブリトニーにですか?と言ってしまいたくなるほどのものでした。

 私はラジオのインタビューで行きましたが、あの頃はみんなで作り上げるといった意識があって、ユキちゃんの撮影のお手伝いをしたり、衣装をチェックしたり、とプロデュースすることも楽しんでいました。それにしてもあの衣装は・・・・。組み合わせで工夫しました。そうこうするとブリトニー御一行がやってきました。デビューしたばかりというのもありましたが、何に対しても受け入れようとするブリトニーでした。
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Photo by Yuki Kuroyanagi

 

 そして気づいたのは、スタイリストはいたけれど、ヘアーメイクがいなかったのです。でも16歳のブリトニーは、メイクをしなくても十分かわいくて、ただフォトセッション用には、どうしてもファンデーションは必要でした。そこで私がもっていた日本製のファンデーション(ソフィーナ)を代用したのです。そして次はヘアースタイル。何パターンかの写真を撮るので、ヘアースタイルは変えていこうということになり、私は美容師さんに変身。そういえば、昔は幼稚園の先生か、美容師さんになりたくて、妹たちの髪も切っていました。一度首の肉を切ってしまい、かなり怒られましたが。。。そんなトラウマは忘れて、写真を撮ったら、はい次の準備、と大忙し。私のイメージは、「小さな恋のメロディー」のメロディーでした(笑)。

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メイク現場!(笑)     Photo by Yuki Kuroyanagi

 

 小物も必要だね、というユキちゃんの指示で、私物のKittyちゃんのポーチをブリトニーに貸しました。そのポーチ、今思えばプレゼントすればいいものを、しっかり持ち帰りました。その代わりに、初来日の時に新しいKittyちゃんグッズをプレゼントしたので!!その瞬間、お疲れ気味だったブリトニーが、笑顔でいっぱいになりました。あの時は、すでに状況が大きく変わっていましたが。。。初めて会った時の、ちょっとシャイなイメージはなく、スターとして見せていかなければいけない、何かプレッシャーのようなものがあるのかな、という印象を受けました。

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Kittyちゃんのバッグ!      Photo by Yuki Kuroyanagi 

 

 アトランタでの話に戻ります。その日はお天気も良く、庭での撮影も敢行。太陽の光が、ブリトニーの笑顔を輝かせていました。すべてのフォトセッションを終えて、ようやくインタビュー。恥じらいながら、日本のインタビューに初めて応えるブリトニーはとっても初々しい女の子でした。待ち時間の時に、冷蔵庫に張り付いていたアルファベットのマグネットで、言葉遊びをしていたブリトニー。これで遊ぶのが好きなの〜と。元気はつらつな女の子というより、どこか影の部分を抱えていた印象がありました。取材の終盤には、ご両親やボーイフレンド(当時の同郷のボーイフレンドだったのかな〜)も来て、安心した表情をしていましたっけ。

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テラスでの撮影!   photo by Yuki Kuroyanagi

 

 その夜のライヴでは、さっきまで恥ずかしそうにしていた女の子が、ステージ狭しとエネルギッシュに、カリスマティックにパフォーマンスをする姿に、彼女の本質を見た思いがしました。NSyncの劇場ツアーも今思えば貴重なもので、彼らもここをステップに大きく羽ばたいていったのです。

 ブリトニーは、翌年に初来日。前述したように、すでに未来のトップスター級の扱いを受けていて、めまぐるしく変化する環境と闘っていたような気がします。その後会うことはありませんでしたが、前回のステージを見て思ったのは、迷わずまっすぐ、16歳の時の思いを取り戻せたらいいのに、と。あの頃は、何をやってもゴシップに扱われてしまう現状に苦しんでいたようです。でも今は、さまざまな経験を経て、実力派として、2児の母として、トップ・スターとして、第2の扉を開き歩き始めています。今回のツアーでは、アーティスト、ブリトニー・スピアーズの真髄を見ることができることでしょう。
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撮影&取材後に!    photo by Yuki Kuroyanagi
 

 

 

~カメラマン畔柳ユキちゃんが語るあの撮影の日の裏話~

 

ブリトニーを撮影したのは、日本でのデビューが決まった時。既にアメリカが用意したデビュー用のアーティスト写真はたくさんあったけど、そのアメリカが作り出したイメージじゃなくて、もっと日本の女の子(特にガーリーな)子たちに共感してもらえるような、ぽわんと淡いイメージ、当時でいうと『Olive』っていうティーンの雑誌に載るようなイメージで行きましょう、ということになりガーリーな写真を撮るためにアトランタまで行きました。

 

ブリトニーは白いTシャツとジーンズにリュックを背負った普通のティーン・エイジャーの女の子で、私はあまりに普通すぎてちょっと表紙抜けしたくらい。インシンクとのツアー中のバス移動 ( ! ! )で少し疲れていたけど、まだデビューしたてだから撮影も頑張ってて「こんな感じ?」とずっと笑顔だった。自分を分かっているなぁとも思えたけど、アメリカのエンタメ界は大変だなと思いながら撮影してましたね。とにかくサービス精神旺盛で頑張っていたと思う。10代の割にはぜんぜん弾けてなくて、静かな普通の子。だから、その後のブリトニーの変貌を見ると、あの時の彼女が素の彼女だったんだろうなと思う。

撮影はアメリカ人のスタイリストが服を用意してくれることになり、ちょっと不安だったんだけど、その不安は的中し、現場はかなり困惑。こちらは「淡いピンクやブルー、ソフトでガーリーな服を用意して」と伝えたのに、現場に到着した服の柄が相撲だったり、ショッキング・ピンクだったりで唖然。

これなら原宿で何着か買って持って行った方がよっぽど良かったと思ったけど、しょうがないので、同行したスヌーピーの私物のキティちゃんのポーチをもたせたりして、なんとか日本のティーンにアピールできるようにしたけれど、なかなか難しかった。フォトセッション中はピザのデリバリーを頼んでみんなで食べたり、天気が良かったのでテラスに連れ出したりして、少しはブリちゃんのツアー中の気分転換になってたらよかったなと思う。でも楽しい撮影でした。

 

そのあと初来日し、東京のホテルで着物を着せてフォトセッションをした。

その時の彼女は普通の女の子からスター、ブリトニー・スピアーズに変わりつつあってもう醸し出すオーラや雰囲気が違ってきてたなぁ。
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Photos by Yuki Kuroyanagi        Hair&Make  by  私!!(笑)