アーティストとのユニークな出会い編!

今回はハノイ・ロックスです。先日、磯崎奈穂子さんとごはんしていたお店が80年代の音楽を
ずっと流していて(たぶん有線だと思うけど)、食事しながらイントロあてクイズをやっていました。
そしてあれっ、これキャッチーでいいな、でも誰だっけ?と私のなんだっけ、なんだっけ病が始まったのですが、そこでいそちゃんはShazamを起動させ検索。
それはハノイ・ロックス「白夜のトラジディ」でした。
え〜っ、なんでこの曲を忘れちゃうの?と自己嫌悪。まさかハノイをここで聴くなんてという意外性も
あったからね。「白夜のトラジディ」は、日本でのデビュー・シングルで、実はデビュー・アルバムの対訳までさせていただきました。あ〜恥かしいことに、当時担当だった北澤孝(にち)さんをかなり困らせる出来栄えになってしまった苦い思い出でもあります。その後2度と対訳の仕事は来ません。
 

それはいいとして、ハノイ・ロックスは、ロンドンで偶然にも出会ったバンドなんです。

 

海外取材に行くって言ったって、それは若者の旅でしたから、立派なスーツケースどころか、
ちょっとしたボストンバックに紙袋もって出かけてしまった時代。80年代初期です。
すぐ下の妹をアシスタントにイギリス取材ツアーを敢行しました。泊まるホテルは、
なぜかあの頃って、Queens GardenあたりのB&Bに泊まっていました。安かったんですね。
あの時はジュリアス・シーザー・ホテルというちょっと微妙なホテルに泊まりました。
外装は白でおしゃれっぽいのだけど、中は古くて、部屋までたどりつく床はミシミシいって、
部屋の鍵もそう簡単には開かないホテル。典型的なB&Bです。

 

取材旅行の目的は、ミルトン・キーンズでQueenのライヴを見る!そのサポートアクトだったハートに
インタビューする!だったかな!?
当時私はTV東京の「おはスタ」の洋楽コーナーも担当していたのです。(振り返れば、あの頃からTV向きではなかったわね〜)来日アーティストと一緒に出演したり、洋楽情報を伝えたりしていました。
朝早くて、当時深夜まで生放送やっていたので、しんどくて一度倒れたことがあったっけ!
あの時も、ロンドンから国際電話を入れて洋楽情報を生放送で伝えたんですが、当時のB&Bって、
直通電話じゃなくて、ホテルのレセプションを通して電話することが多くて、
生放送で電話しているのに、気をつけてと事前に言ったのに、途中で切られちゃって
大変な目にあったっけ。ホテルと大ゲンカは言うまでもありません。まあ、そんな時代。

 

Queenの写真チェックで、カメラマンの方とホテルのロビーで打ち合わせをしていると、

入り口の方から、やけに美しい男子がロビーに入ってきたのです。見るからにミュージシャン!
もしかしたら、もしかすると、間もなく日本でもデビューするハノイ・ロックスのヴォーカルじゃないかしら?とすぐに気づきました。でも、だからといって席を立って挨拶するなんて失礼かと思ったし、そんな勇気もなかったから(前日にロバート・プラント見つけて突撃インタビューしたのに、ここでは引っ込み思案になるという)、チラ見しながら打ち合わせを続けていると、マイケル・モンローがこちらに歩み寄ってきて「日本のジャーナリスト?」と声をかけてきました。
すごく気さくで、日本のことを熱心に聞いてきました。カメラマンの方も、その場で後日写真撮影をしようと約束をとりつけ、私もそれではインタビューしましょう、ということになり、
マイケルがメンバーが揃う夜の12時にバー集合としきりました。
つまりハノイ・ロックスもジュリアス・シーザーに泊まっていたのです。それも同じフロアーでした。「じゃあ12時にね〜」と別れたのですが、本当にくるかな〜と妹と疑いながら、12時にバーに行くと、マイケル、アンディ・マッコイ、ナスティー・スーサイドがいたのです。そこで初インタビューを試みました。あの頃の印象は、いい感じのお兄ちゃんたちという印象でした。

マネージャーもいなかったし、まだ自分たちでコントロールしていたのでしょうか?まったくスムーズに物事が進んじゃったことに驚いたけれど、こういうことって80年代はよくあったような気がします。
とくに海外での取材はとってもラフで、思いがけないことがいっぱい起こりました。

その後何度か来日中にもインタビューしましたが、マイケルと最後に会ったのは彼が肋骨を折った時だったでしょうか?いつ会っても良い人です。

アンディは、ちょっと悪を装うんですが、私がロンドンに住んでいたころ、取材を一回すっ飛ばされて、待ちぼうけを食らったことがあるのですが、その日にちゃんと侘びの電話が来て、仕切り直しをした覚えがあります。アンディも成長したのね、なんて思いました。デッド・オア・アライヴの取材の時も、ドタキャンがあったけれど、ちゃんとスティーヴ・コイからリスケの電話がありました。
なんで直接アーティストからあったのでしょうね。当時は携帯がないので、自宅の留守電に入っていたりしたものです。そんな時代。
 

そういえば、ジュリアス・シーザーですが、今はシーザーホテルと名前をかえて、

おしゃれなデザイナーズ・ホテルになっていました。お値段もかなりします。
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これは再結成での来日のときです。